刺激を求めて北九州市の「カンガルー王国」に行ったら、いろんな誤解が一気に解けた話
長い大型連休が終わって1か月が経った。東京・麹町のJタウンネット編集部にいる筆者は連休明けからある症状に悩まされた。俗にいう「五月病」だ。
すっかり働く気力を失くしてしまった。鬱屈とした勤務中、せめてものストレス解消にと全国の刺激的なスポットについて調べていると、とある情報が目に付いた。
福岡・北九州市にある「ひびき動物ワールド」。日本一のカンガルー王国をうたっていて、飼育数では国内最多。ネットで調べてみると、出てくる写真はカンガルー、カンガルー、カンガルー...。マジでカンガルーだらけのようだ。
カンガルーといえば、なぜかボクシンググローブ姿が思い浮かぶ筆者。そう、どこか武闘派な動物のイメージがあるのだ。そんなカンガルーが大量にいるとなれば、これはかなり刺激が強そうだ。五月病なんて吹っ飛ぶに違いない。
しかも、この動物園がある場所は北九州市。非常に失礼かもしれないが、どこか刺激的な土地というイメージを抱いている。
ここに行けば、きっと今のモヤモヤとした気持ちは解消できるはず。そう考えた筆者は、編集長を半ば強引に納得させ、人生初となる北九州の地へと向かった。
カンガルーの予想外の姿
東京から新幹線で約4時間30分かけて、北九州市の玄関口・小倉駅についた筆者。そこから車で若松区にあるひびき動物ワールドに向かった。最近になって、若戸大橋や若戸トンネルの通行が無料になったため、市街地からのアクセス性が向上したという。
現地に着いて初めて分かったが、ひびき動物ワールドは単独の施設ではない。
響灘緑地(グリーンパーク)という広大な公園施設のワンコーナーとして存在している。最近では、全長163メートルのブランコが世界最長のギネス記録を達成したことで話題を集めたばかり。ほかにも、バーベキューや乗馬体験も楽しめるレジャースポットだ。
さっそく、ひびき動物ワールドに入るとカンガルー広場の入り口を発見。ほかの動物もいるのか周囲を探したが、なんとオオカンガルーをはじめとする有袋類専門の動物園。約110頭のオオカンガルーが出迎えてくれるそう。これは、かなり刺激的だ。
だが、入場してすぐに覚えた違和感。刺激を期待していた筆者に面食らわせようとしているのか。時の流れがゆったりとして、木陰に何らかの生き物の集団がいる。武闘派の武の字もなく、どうもだらけている。
これがカンガルーなのか。武闘派のイメージはどこに行ってしまったのか。陰に集まり、ひたすら休むのを頑張っている。
飼育員の齊藤純子さんに話しかけられた。彼女によると、13時から中に入って直接触れ合えるとのこと。
人間が近づいても先ほどと変わらない。実のところ、武闘派のイメージは少し間違っているらしい。
基本的には臆病で繊細な性格だそうで、群れで生活をするという特徴があり、オスカンガルーには群れの中での序列関係がある。それぞれの順位を決めたり確認したりする際にはひと悶着あるようで、これがボクシングのイメージの元になっているらしい。
デリケートな割に人間を何とも思っていない。人の動きはお構いなしの様子だ。
人間が背中を触るのは可能だ。よほどのことがない限り、拒否されることはなさそうだ。本来なら人間も警戒対象であるが、子どもの頃から飼育員の方が積極的にコミュニケーションをとっているため、気にしない。
ただ、カンガルーのうち1頭でも驚いて逃げてしまう、人間に対して警戒心を抱くようになると、群れ全体から避けられる。そのため、来場者のマナーがあって、このふれあいコーナーが維持できている。
ただ、このままではあまりに画にならない。ほかの写真もほしいとお願いした。すると、立ち上がったり、袋の中の子どもを見せてくれたりなどのサービスもしてくれた。ありがとう、カンガルー。助かった。
ここまで1時間30分近く、ずっと付き添ってくれた齊藤さん。聞くと、京都の大学から飼育員の道に進んだ。一度ほかの土地に出てから再び北九州市に戻ってきたUターン就職者。なぜ、北九州の街に帰って来ようと思ったのか。
離れたからこそわかったこと
元々、若松区で高校までを過ごした齊藤さん。カンガルーをきっかけにこの地を訪れた筆者だが、気づけば北九州市という土地も気になり始めていた。せっかくなので、一度京都に出たからこそわかる北九州の魅力について、齊藤さんに聞いてみた。以下、インタビュー形式でお送りする。
――高校卒業後、京都に出ようと思った理由は何だったのでしょうか。
「当時は北九州市に住もうとか全然考えてなくて。ほかの街も見てみようと思って、京都に出ました」
――その後、北九州市に戻ろうと思ったきっかけは。
「場所ですね。地元って言うのもありますけど、ひびき動物ワールドの魅力もあって戻ってきました」
――北九州市に帰ってきてから、改めて感じた魅力などありましたか。
「都会、発展していて便利な街なんですけど、自然が身近に残っているのが魅力に感じます。小中高のときはどっちかというと外に出たいと思っていましたが、戻ってきて自然が残っていることに魅力を感じました」
――行政の取り組みで、気になったものはありますか。
「若者の就職を支援するサービスがありますね。私自身、利用はしてないですけど、自分の身近な自治体でこうしたサービスがあると住民としては心強いです。やっぱり社会に出るのって不安なので」
――ほかに気になるものは。
「ここに務めて8年になりますし、私たちの年代では子育て支援ですね。そういうのも魅力です」
――ひびき動物ワールドで働く前提で戻ってきたのでしょうか
「そうですね」
――ほかに働く場所の選択肢はありましたか。
「ないわけではなかったんですけど、人と関わる仕事がしたいなってずっと思ってて、その中で選んだのがこの仕事。動物のお世話をするだけではなく、人にも動物の魅力とか北九州市の魅力を伝えていけます。動物を通じて、この地域の自然に目を向けてもらえれば」
――最初におっしゃっていた自然につながると。
「そうですね。日本国内でもこういう場所って少ないんです。カンガルーだけを飼育している動物園って独自性もすごく魅力的だなと思っています」
――どんな人が北九州市の移住に向いていますか。
「(北九州市に)住んでいる人は穏やかで明るい人が多いので、色んな人に関わるのが好きな方とか。コミュニケーションは活発な街かなと思いますので、自然と人の輪に入れる人はいいのかなって思います」
――移住で気になる部分として若者が遊べる場所というのも気になるんですが...。
「いのちのたび博物館ですとかアカデミックな場所が多いですね。私が良く行くのは景観を楽しむのが多いです。小倉駅の周辺もショッピングが充実しています」
――せっかくなので、北九州市民だからこそ知っている、穴場スポットのような場所を教えてもらえたら。
「景観だったら近くに遠見ヶ鼻って灯台のある岬があるんですけど、夕陽もキレイに見えるスポットとして、他所から来た人にもおすすめです」
――北九州市への移住を検討している人がいたら、どんなアドバイスをしますか。
「環境も良いですし、市民の方も心温かい人がたくさんいる北九州市。暮らしを考える上ではすごく住みやすいと思います。今の生活より、もっと色んな体験ができるかもしれないので、前向きな形で移住を考えていただけると嬉しいです」
北九州市とまっすぐに向き合う齊藤さん。その言葉ひとつひとつが、どうしても地元・埼玉を心から愛せない筆者には突き刺さった。
ド迫力の餌やり
インタビューの直後、カンガルーの餌やりが始まるそうなのでそこに向かった。
インタビューからカンガルー広場に戻ると、餌が待ち遠しいのか打って変わってそわそわしている。
上を見上げて飼育員の動きを見ている。そして迎えた15時20分。餌やりの時間がやってきた。
いかがだろうか。カンガルーが餌の入った箱を目掛けて大移動。動き出すと110匹の多さと迫力を実感する。
しかし、餌やりの間も齊藤さんをはじめ飼育員の方はずっと笑顔を絶やさない。労働や生きる喜びが詰まっている。カンガルーだらけの北九州市の動物園――。当初は勝手に刺激が強そうだと誤解していたが、とても魅力的な場所だった。
東京に戻りたくない
ひびき動物ワールドの取材後に小倉駅周辺を散策したが、生粋の埼玉人の筆者の個人的な印象として浦和や大宮に匹敵する便利さを感じた。
小倉の夕暮れはゆったりとしており居心地が良い。失踪したことにして、このまま住み着いてしまおうか。そう考えたとき、
「はよ帰ってこんか!!!」
とS編集長から一喝する電話が。
後ろ髪を引かれつつも、責任ある社会人として一旦は帰ることにした。カンガルーと北九州市について完全に誤解していたことを心の中で大いに謝罪しつつ、一人埼玉へと向かう新幹線に乗り込む記者だった。
<企画編集:Jタウンネット>