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皿うどん用のウスターソース「金蝶ソース」は、いかに生まれ、普及したのか

Jタウンネット編集部

Jタウンネット編集部

2018.05.27 17:00
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いくつかの要因が絡み合っている?

金蝶ウスターソースはその名の通りウスターソースだが、長崎ローカルの商品であり、長崎以外の地域のスーパーなどで一般的に見かけるということはあまりないかもしれない。他のウスターソースと同様の原材料を用いており、一見他のソースと大きな違いはないようだが、実は金蝶ウスターソースは皿うどんにかけるために開発されたソースなのだ。

滅茶苦茶皿うどんに合います(画像はチョーコー醤油のサイトより)
滅茶苦茶皿うどんに合います(画像はチョーコー醤油のサイトより)

もちろん、揚げ物などにかけてはいけないわけではないが、皿うどんにかけるためのソースなんて、そうそうあるまい。(多分)唯一無二のユニークなソースなのだ。となれば、やはり聞かないわけにはいかないだろう。なぜ、ウスターソースを皿うどんにかけるのか。しかも専用ソースまで開発して。

Jタウンネットは金蝶ウスターソースを製造する長工醤油味噌協同組合(販売はチョーコー醤油)に取材を行った。皿うどんとの関係も気になるが、まずは開発の経緯だ。担当者は次にように話してくれた。

「もともと製造していたのは、組合に参加していた黒田商店という醤油屋さんの黒田長一さんでした。それまでソースを製造していたわけではないのですが、四海樓の初代・陳平順さんから『皿うどんに合うソースをつくれないか』との依頼を受け、試行錯誤を重ねて作り上げられたと聞いております」

当時の皿うどんは、餡などが砂糖を入れた甘めの味付けとなっており、そこにかけても風味が失われず変化を楽しめるソースとするため、酸味を強くし、スパイスを多く調合することでスパイシーさと辛味を加えてある。

こうして皿うどんとのマリアージュを考え抜き、1941年に誕生した金蝶ウスターソースは、今では皿うどんに欠かせない存在となったわけだ。では、本題に移ろう。そこまでしてウスターソースをかけるのはなぜなのだろうか。

これはちょっとかけすぎている記者の食べかけである
これはちょっとかけすぎている記者の食べかけである

「はっきりとした資料は残っていないのですが、伝え聞いている話では、金蝶ウスターソース登場以前は酢をかけることも一般的で、ソースと酢をかける人の割合は半々くらいだったようなのです。実際、皿うどんを提供する老舗の中には、今でもソースを用意していないお店も存在します」

どちらが先に使われていたかまではわからないとのことだが、意外な事実だ。ではソースが主流となっていたのはなぜなのだろうか。担当者はあくまで推測としつつ、いくつかの理由を話してくれた。

まずは、餡との相性だ。現在でこそ塩気が強めてあるが、かつての皿うどんの餡はかなり甘かったという。そこに酢をかけると酸味だけが際立ち、いわば甘酢状態になってしまうため、麺と一緒に食べるには当時の人たちの口に合わなかった可能性がある。

次に考えられるのは、四海樓も話してくれたように長崎の地域性だ。ウスターソースへの馴染みが他の地域より強かったことが、酢以上にソースが浸透するのにつながったのではないか、というわけだ。

「昭和初期には家庭で野菜を煮詰めてウスターソースを作っていたという例もあったそうです。他の地域と比較したことはありませんが、ウスターソースを受け入れる土壌は相当あったはずです」

そして、最後も長崎ならではの特徴かもしれないが、「大皿で出前される」ことも大きな要因だったのではないか、と担当者は話す。

「誰かが家に来たときは、もてなしの料理としてお寿司の出前よりも、皿うどんの出前を取ることが多いのです。この出前の皿うどんは大皿で運ばれ、各家庭で取り分けて食べます。量も非常に多く、そのまま食べ続けるだけでは飽きてしまうので、複雑な味の変化を楽しめるソースが好まれた可能性があります」

さらに、出前だったということがソース普及のポイントなのだ。金蝶ウスターソースは開発経緯からもわかるように、当初は業務用としてお店にのみ販売されていた。これが出前によって多くの家庭に届けられるようになり、「皿うどんには酢よりソース」という文化を広く一般家庭にも醸成していった可能性があるというのだ。

「私自身も覚えていますが、かつては皿うどんの出前には栄養ドリンク剤の瓶が一緒に入っていました。今では小袋がありますが、業務用ボトルの金蝶ウスターソースしかなかった時代、小分けするためにこうした瓶を利用していたのです。もし出前が存在せず、ソースが配られることもなければ、ソースをかけるのはあくまでもお店での食べ方、という認識に留まっていたかもしれません」

ふとした思いつき(もしくは記者の趣味)が、長崎の食文化の一端に触れることになった。ご当地の食べ物に物語ありだ。これからも記者はソースを通じて、全国各地の食文化への理解を深めていきたいと思う。

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