主要3候補「以外」の都知事選(1)高橋尚吾さん 「選挙は戦いじゃない」他候補の応援演説続ける
ネクタイを締め、右手にスマートフォン、左手に紙袋を提げて、電車に乗るその姿は、とても「政治」とは無縁に見える。若いビジネスマン、いや下手をすれば、就活中の大学生と言われたって通るかもしれない。
だがその肩には、白く真新しいタスキが。大きく、彼の名前が書かれている。
「都知事選立候補者 高橋しょうご」
多くの大人が半ば見てみぬふりをする中、ちょうど正面の席に座った子供だけがじっと見つめている。
高橋尚吾さん、32歳。元派遣社員。21人の都知事選候補の一人である。
「政争から行政を切り離す」...公約をひたすら、語る
2016年7月24日12時半、選挙期間最後の日曜日。筆者は、高橋さんに同行させてもらい、地下鉄で有楽町駅に降り立った。
「......気が重いですね。吐きそうなくらい」
その表情は、緊張に青ざめている。無理もない。何しろ、今から他の候補のもとに、アポなしの「応援演説」に向かうのだから。
高橋さんの公約の核心は、「政争主体の政治から、政治行政を私達の手に取り戻す」。
本来、何よりも都民のために、都民の側に立って行政をなすべきなのが、都知事という立場だ。しかし実際のところその地位は、(今回の選挙に典型的なように)各政党の思惑の中で争われている。そんな選挙戦を通じて誕生した都知事は、結局都民のためでなく、支援してくれた政党や、自分のための行政しかできない。選挙の時に掲げた公約すら、守られない。だから、それを変える。
その公約は、いわば都政のあり方、政治のあり方を、そして社会の構造そのものを問うものだ。いわゆる「わかりやすい」ものではない。
それでも高橋さんは、その公約をひたすらに語る。聞く人もそう多くない街頭演説でも。通りがかったご婦人にスマホで記念撮影を求められた時でも。繰り返し語る。
「行政が政争に左右されることは古くから、学問の世界でも批判されていて......」
街頭演説に集まった報道陣に対しても、鬼気迫る声で語る。
「選挙期間に入る前の大事なときに、社会問題を取り上げたりせず、どの政党が権力を得るか、そのような話に汲々としてきたのは、あなた方だ!」(25日の立会演説会で)
この「本当の選挙」の理想を語るために、立候補した。300万円という供託金を、借金と有志からの支援で集めた。今や、家賃や食費ですらいっぱいいっぱいだという。
その真剣さ、切迫さはやはり伝わるのだろう。話を聞き終えた人は、「がんばって!」と激励して去っていく。高橋さんはその背中に呼び掛ける。
「また、会いましょう!」
小池百合子さんのもとに駆け付けたが...
選挙は戦いだと、世間は言う。だが高橋さんは、選挙は戦いではないと、何度も言う。
「候補者はみんな誰かの『声』を受けて立ち上がっているんです。すべての意見に意義がある。候補者同士は『敵』じゃない」
政治家たち自身を、政争の世界から抜け出させたい。自分が求める「本当の選挙」を実現するため、高橋さんは、他の候補の「応援演説」に回る。演説会場などを訪れ、候補者、そして何よりその支持者に、その理念を説くのだ。
マック赤坂さんがしばしば、他候補の演説に「乱入」して話題を呼ぶが、この人のやりたいことはおそらくちょっと違う。自身の選挙活動ではなく、一種の啓発活動と言うべきだろうか。
舞台は、日曜昼の有楽町に戻る。
高橋さんが目指すのは、小池百合子さんの演説会場だ。そこで、件の「応援演説」を行うという。いわゆる、飛び込みである。この日のために、小池さんのイメージカラーである緑の布も用意してきた。
「有楽町マリオンってどちらですか?」
近くのお店の店員さんに聞きながら、早足に会場を目指す。だが、どうも辺りが静かだ。というのも、ちょっと予定が押してしまい、すでに演説会開始から30分近く経ってしまっている。もしかして、もう終わって――。
「小池、百合子でございます――」
ようやくマリオンのある通りに出た高橋さんの目の前を、小池さん本人を乗せた選挙カーが走り去っていった。残念、遅すぎた。
「来るな」と追い返されても、なお
高橋さんと、他の候補を探して銀座を歩く。中央通りに出たところ、ちょうど鳥越俊太郎さんの演説会が始まろうとしているところだった。応援弁士として、蓮舫・民進党代表代行がよく通る声で語り倒している。
「鳥越さんか......」
迷った様子だった。筆者も正直なところ、これだけ大勢のスタッフ、支援者に囲まれている中に乗り込んでいくのは、いくらなんでも難しいのではないか、と感じた。だが、高橋さんは考えながらも、演説会の輪に入っていく。
聴衆の最前列で、蓮舫さんの姿を見上げること5分強。高橋さんは動いた。選挙カーへと、つかつかと近づいていく。
すぐに、スタッフと見られる男性がそのまえに立ちはだかった。明らかに、歓迎されている様子はない。声は聞こえなかったが、3分近く、高橋さんは食い下がったが、やがてこちらに戻ってきた。
「来るな、選挙妨害だ、と......」
なんと声をかけていいものか。諦めてその場を去ろうとしたちょうどそのとき、鳥越さんが演説に立った。
「鳥越俊太郎です――」
高橋さんが振り返った。そして、拳を彼に向けて掲げた。「がんばれ」のエールだ。
演説会場から離れてしばらくして、高橋さんが涙を流すのを見た。小池さんのために作った緑の布で、それをぬぐう。悔し涙かと思った。だが、違うと言う。
「争いにあおられ、政権のために行政を得るんだという、その流れから脱却できない皆さんを見て、『かわいそう』だと......」
それでも高橋さんは、その歩みを止めることはない。この日も銀座で、そして新宿で、合計5人の候補者の「応援演説」に立った。「戦い」を止めるよう訴えた。
「みんなを応援したいんです、私は。本当に全ての人を」
選挙は戦いではないと、高橋さんは言う。だが高橋さんは、確かに戦っている。もちろんその「敵」は、他の候補者ではない。