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祖父の葬儀に、不思議な蝶々がやってきた話【ささや怪談】

前田雄大

前田雄大

2016.06.03 20:00
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   本当の事を言おう。 わたしは、怪談も幽霊もまったく信じていない。

   わたしがまだ、無邪気だったころ。
   ある日の夕方。
   父に、ドライブに連れて行ってもらった。
   どこに行ったのかはもう覚えていない。
   ただ、あまり会話がなかったことだけは、忘れていない。
   それはよく覚えている。

   当時の父は、肉体労働に就いていた。
   そういった職種もあってか、神仏も心霊もまったく信じていなかった。
   そんな父が、ドライブの時に、こんな話をしてくれた。
   たった一度だけ。

   わたしは、祖父に会ったことがない。
   生まれる前に、亡くなっていたからだ。
   季節は冬。
   強い吹雪が続いた日々だったという。

   葬儀の日。
   始まってすぐに、どこからともなく一羽の蝶が現れて、棺の上に停まった。
   どのような蝶だったかは、わからない。
   何色の羽だったかは、定かではない。
   その蝶は、棺から羽ばたこうとせず、凍り付いたかのように佇んでいた。
   父たちが、祖父に近づき、泣きながら別れを告げてもなお、彫刻のようにそこにいた。
   香が焚かれ、老若男女の嗚咽が漏れる中でも。

   葬儀の参列者たちは、蝶を追い払おうとはしなかった。 いや、出来なかった。
   「あれは祖父の化身だ」と、口々に囁き合ったからである。
   何もせず、そのままにしておこうと。
   蝶は、焼香の半ばには、どこかへ消えていた。
   みながそれとなく棺を注視していたが、いつのまにか姿を消していたという。
   外は、殴りつけるような大吹雪。

「あれは親父の生まれ変わりだったかもな」
   父は、そのようなことを話した。
   一足す一は二のように。
   それからも、父には何度も尋ねてはみたものの、「そんな話は覚えていない」の一点張りだった。
   だから、どうしてこの話をしてくれたのかは、想像するしかない。

   どうだっていいことである。
   この話は恐くなければ、幽霊も出てこない。
   不思議なことは何もない。
   ある種の蝶は、肉食性なのだという。
   だから、その蝶は、祖父の亡骸の匂いに釣られて、ふらふらと「来店」したに過ぎない。
   それだけ。

   ある時、沖縄と青森の友人にこの話をしたところ、「葬式で蝶々は、よくある」という返答があった。
   だから、この話は、ありふれた日常に過ぎない。
   どこにも、怪談らしき要素はない。
   しかし、わたしは、もう少しだけ想像を押し進めてみよう。
   無邪気だった頃のわたしが、父の話を切り捨てられなかったが為に。

   祖父は、蝶になったわけではない。
   ただ、わたしと父が、「もしかすると...」と、不思議に思ったその時。
   二人の背中をそっと押し、耳元で声にならない囁きを繰り返し、
   わたしにこのような形式で葬式と蝶のことを書かせ、焚きつけているもの。
   ときどき、「自分のことを思い出してくれ」と言いたげな、それ。
   それこそが。
   わたしの祖父である。

   こうした想像を許しておくだけの余地を、わたしはまだ潰せずにいる。

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筆者:前田雄大

怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night