「日本初の修学旅行」があまりにも過酷すぎた件 千葉・銚子駅前に佇む石碑が語る、驚きの内容
学校行事の定番の1つ、修学旅行。みなさんはどこへ行っただろう?
今の我々にとっては当たり前の存在だが、それは大昔に誰かが最初に「修学旅行」というものを初めて決行してくれたおかげで......。
というわけで、日本には、こんな場所が存在する。
「日本初の修学旅行到達の地」
である。
2026年8月9日、Xユーザーのしごん(@shigano_geo)さんが紹介したこの記念碑。
文字がたくさん書いてある方を要約すると、1886(明治19)年に東京師範学校の生徒99人が東京~銚子間を往復した、と書いてある。しかも......ほぼ徒歩で、である。
電車もバスも使わない修学旅行とは、なかなかにハードだ。令和の時代から考えればかなり過酷な工程に、X上ではこんな声が寄せられている。
「男塾かな?」
「いや...想像するだけで無理...」
「たぶん比較対象が江戸時代のお伊勢参り」
「修学ってか修行だぁね」
Jタウンネット記者は12日、まずは投稿者のしごんさんに話を聞いた。
かなり過酷そう
しごんさんが記念碑を見つけたのは、銚子駅前ロータリーでのことだ。
9日の18時頃、電車待ちの時間を利用して駅周辺を散策していた際に発見。気になって全文を読んでみたところ、今では考えられない衝撃的な内容だったため、写真を撮影して投稿したという。
「移動だけでも大変なのに、銚子での活動内容も漁業などについて学ぶという更に体力を使いそうなハードな行程をこなしており、昔の人の体力の凄さや時代の過酷さを感じました」(しごんさん)
また、記述によればこの修学旅行が行われたのは2月。寒さの厳しい中での慣行という点にも、しごんさんは驚いたという。
「ただ、修学旅行は修(おさ)めて学(まな)ぶ旅行と書くことから本来は遠隔地に赴いて技術や学問を修めることが主旨なので、本来あるべき修学旅行の姿なのかもしれないとも思いました」(しごんさん)
記者は17日、注目を集めた記念碑について銚子市にも話を聞いた。
地元企業からの提案が契機に
取材に応じた銚子市観光商工課・観光プロモーション室の職員によると、当該の記念碑が設置されたのは2019年10月19日のこと。
同職員が銚子商工会議所から聞き取りをしたところによると、設置のきっかけは地元企業「岡田商店」の伊藤浩一社長からの「日本初の修学旅行到達の地であることをPRした方がいいのではないだろうか」という提案だったという。
銚子市が日本初の修学旅行到達の地であることについて、観光プロモーション室職員は改めてその思いをこう語った。
「銚子は江戸のくらしを支えた港町。江戸時代のイメージと重なる東京から、銚子まで徒歩で日本初の修学旅行を達成したことには趣がある。観光PRを主な仕事とする観光商工課として、かつてのような活気のある町に戻ってほしいと願っている」
日本初の修学旅行、東京~銚子まで徒歩で往復とかいうありえんくらい過酷な内容で戦慄 pic.twitter.com/MYS2iWcn5f
— しごん@北陸の民 (@shigano_geo) August 9, 2026