茨城県在住の30代女性・Sさんは、東日本大震災が発生したとき、福島県南相馬市に住んでいた。出産を控える、妊婦だった。 彼女と家族は、いったん福島市に避難した後、県外に行くことに決める。 その道中で出会ったおばちゃんに、感謝を伝えたい。 車で避難中に出会ったおばちゃんへ(画像はphotoAC) <Sさんからのおたより> 東日本大震災の時、私は福島県南相馬市に住む、出産予定日を4月頭に控えた臨月の妊婦でした。 3月11日は家の手前まで津波がきたのですが何とか免れ、翌日から福島市の方に避難しました。 私の他に夫、母、認知症の祖父、妹の5人で避難しました。 朝から何も食べずに... 避難先の福島市で出産出来る病院を探しましたが、福島市も放射線量が高いということで、実父の単身赴任先である茨城県水戸市で出産出来る病院を探し避難することにしました。 福島県内ではガソリンスタンドに何時間も並ぶ必要があったし、スーパーやコンビニも閉まっていましたが、茨城県内のお店は営業している所が多くありました。 水戸へ行く途中で、朝から何も食べてない事に気付き、とある道の駅に寄りました。 食堂のおいしそうな写真を妹と見ていたら、「今日はもう閉まっちゃったの」と従業員のおばちゃんに声をかけられました。 しかし、ガッカリして車に戻っていると、先程の従業員のおばちゃんが走って追いかけてきたのです。 私達の様子を見て困っているんだなと分かったのか、「良かったらこれ食べて!」と白いおにぎりと味海苔をくれました。 おにぎりをくれて...(画像はphotoAC) 車の中は荷物でパンパンの中、あのおばちゃんの優しさに食べながら涙しました。 祖父が美味しい美味しいと喜んで食べていました。 あの時の白おにぎりがとてもとても美味しく、今も鮮明に覚えています。 あの時は本当に辛い中、おばちゃんの優しさに助けて頂きました。 道の駅の食堂のおばちゃん、本当にありがとうございました。 あなたの「やさしい思い出」、聞かせて! 名前も知らない、どこにいるかもわからない......。そんな誰かに伝えたい「ありがとう」や「ごめんなさい」、あるいは「どんなもんだい!」を心の中に秘めている、という人もいるだろう。 Jタウンネットでは読者の皆さんの「『ありがとう』と伝えたいエピソード」「『ごめんなさい』を伝えたいエピソード」「親切自慢エピソード」「親切目撃談」などを募集している。 読者投稿フォームもしくは公式X(@jtown_net)のダイレクトメッセージ、メール(toko@j-town.net)から、具体的な内容(どんな風に親切にしてもらったのか、どんなことで助かったのか、どんなことをしてしまい謝りたいのかなど、500文字程度~)、体験の時期・場所、あなたの住んでいる都道府県、年齢(20代、30代など大まかで結構です)、性別を明記してお送りください。秘密は厳守いたします。 読者投稿フォームから送る 公式XのDMで送る メールで送る (※本コラムでは読者の皆さんに投稿していただいた体験談を紹介しています。プライバシー配慮などのために体験談中の場所や固有名詞等の情報を変更している場合がありますので、あらかじめご了承ください)