バスが密なら自転車に乗ればいいじゃない! 丹波篠山を味わい尽くす「サイクルツーリズム」体験してきた
新型コロナウイルスの感染者数も減ってきたし、ひさびさに旅行でも行きたいな......そんなふうに考えている人は多いのではないだろうか。
でも、大人数で移動するツアーなんかはまだ不安。2021年10月半ば、そう思っていた記者のもとに、耳寄りな話が舞い込んできた。
兵庫県中東部に位置する丹波篠山(たんばささやま)エリアで、自転車に乗って町を観光する「サイクルツーリズム」が推進されているというのだ。
自転車――スーパーでたくさん買い物をするときぐらいしか乗らないが、秋晴れの下、丹波篠山の景色を楽しみながら乗るのは楽しそう。これは行くしかない!
思い立ったが吉日ということで、10月25日、記者は丹波篠山市に足を踏み入れた。
1泊2日の旅。1日目はあいにくの雨だったので、サイクリングイベントには2日目に挑戦することにして、まずは雨天でも楽しめるスポットへ向かうことにした。
自分好みの丹波焼に出会える「窯元横丁」
訪れたのは、丹波伝統工芸公園「立杭 陶の里(たちくい すえのさと)」。
公園といっても、遊具や砂場があるわけではない。ここは、篠山が誇る伝統工芸・丹波焼(丹波立杭焼)を「見る」「体験する」「楽しむ」ことができる総合施設なのだ。
中でも注目したいのが、「窯元横丁」。ここでは、丹波焼の作品たちを心ゆくまで鑑賞し、気に入ったものは購入できる。
ひと口に「丹波焼」と言っても、窯元によって作風はさまざま。
伝統的なデザインから、先進的でアーティスティックなものまで。それらが、窯元ごとに区切られたブースに展示されている。約50軒もの窯元の作品をまとめて見られる、贅沢な空間である。
いわば、「家庭料理」のような感覚だろうか。同じ「肉じゃが」でもその家ごとの味があるように、ひとたび展示ブースに足を踏み入れれば、その窯元ならではの世界観が広がっている。
中には、ここでお気に入りの窯元に出会い、その窯元の店舗へ直接足を運ぶ人もいるのだとか。
同行した丹波篠山観光協会の今井めぐみさんは、「(焼きものが)好きな人なら、ここで1日過ごすのも余裕ですよ」と、顔をほころばせた。
自家牧場のイノシシを使った「ぼたん鍋」でほっこり
窯元横丁をじっくり眺めながらまわると、すっかり日が暮れてしまった。そろそろお腹が空いてくる頃。
観光協会の今井さんがおすすめする店で、名物の「ぼたん鍋」(イノシシの肉を使った鍋)をいただくことに。
篠山口駅から車で15分。藤岡ダム近くの、やや奥まった場所に「奥栄」はある。
テーブル席もあったが、今回は雰囲気たっぷりのお座敷を選んだ。
さっそく、鍋の具材が運ばれてくる。長ネギや白菜の他、こんにゃく、しいたけ、焼き豆腐、そしてぼたん鍋には付き物だという、ごぼう。なんと、秋から春の間に提供される野菜は全て自家栽培だ。
そして、主役の猪肉は見事なボタンの花のように盛り付けられている。1枚1枚が丸くカットされているのが面白い。
猪肉には、自家牧場で育てたイノシシの他、篠山の猟友会が仕留めたイノシシを使っている。
「おいしいだけでなく、害獣対策にもなるんですよ」
と、今井さん。
最初は、鍋ではなく焼肉にして、初めての猪肉を味わった。
非常にサッパリしていて、予想よりもずっとクセがない。もっと獣くさいものと思っていた。
適度に歯ごたえがありつつもジューシーで柔らかく、塩コショウのみの味付けが素材の良さを引き立てている。タレなど余計なものはいらない、肉の質で勝負する、という店の気構えが伝わってくるようだ。
みその良い香りが漂うつゆに、猪肉と野菜類を投入。提供される猪肉は脂肪が多い順にロース、バラ、うでの3種があり、脂身の大きさで見分けられるとのこと。
十分に煮えるのを待つ間、今井さんが興味深い話をしてくれた。
「市内の小学校では、『ふるさとメニュー』のような扱いで給食に年に2、3回ほどぼたん鍋が出るんです。すごく人気メニューですよ」
「しかも、ぼたん鍋は給食甲子園で優勝したこともあります」
「全国学校給食甲子園」とは、地域の食材を使った学校給食の献立を競う大会で、06年から毎年開催されている。19年開催の第14回大会では、丹波篠山市立「西部学校給食センター」が優勝を勝ち取っている。
その献立には、「丹波篠山黒豆ごはん」や「寒ざわらのデカンショねぎソース」などと並び、「天内いも入り 根菜ぼたん汁」が。
給食にも登場するということは、地元の人にとってぼたん鍋は定番メニューなのだろうか。
「地元でも、ぼたん鍋はお祝い事とかちょっと特別なときに食べます。だいたい、近所に猪肉の専門店があるので、そこでお肉を買って作りますね」(今井さん)
ちなみに、「奥栄」のぼたん鍋は、1人前で5500円(税込み)。「めでたいことがあったから、奮発するぞ!」という感じだろうか。
よく煮込まれた鍋にいよいよ箸をつける。ビールにもよく合い、囲炉裏を囲んで炭がパチパチ爆ぜる音を聞きながら食べるぼたん鍋は、最高だった。
レンタサイクルは1日料金がお得
翌朝。晴天の下、いよいよ目玉のサイクリングへ!
スタート地点は、JR篠山口駅前の「レンタサイクル」貸出場所。すぐそばの丹波篠山観光協会で受付した後、90分500円、9時~17時(冬季は16時まで)は800円で普通自転車をレンタルできる。
なお、電動自転車は90分600円、9時~17時(冬季は16時まで)は1000円でレンタル可能。
9時~17時の1日料金のほうがだんぜんお得なので、せっかくなら1日借りてのんびりコースを巡るのがいいだろう。
観光協会が「自転車」での観光を推進している背景には、やはりと言うべきか、コロナ禍がある。
かつて、丹波篠山市の観光といえば、大型バスで周遊する団体ツアーが中心だった。しかし、大型バスが乗り入れられる観光スポットに人が集中したり、観光シーズンに客数が偏ったりと、密になりやすいこのツアー形式は、感染拡大の影響で大打撃を受けた。
ツアーにやってくる客の数は、96%減。かわりに密を避けた個人旅行の問い合わせが増えたものの、駅から先の交通が発達していないため車がないと思うように観光できないという問題も。
そこで観光協会が着目したのが、「サイクルツーリズム」だったわけだ。
20年秋には、アプリ開発を手がける企業「DIIIG(ディグ)」の協力のもと、スマホアプリを活用したサイクリングイベントを実施。現在も、サイクリングをテーマにした3つのワールド(コース)が進行している。
ライダーが厳選したコースを走る
百聞は一見に如かず。さっそく記者もアプリ「DIIIG」をiPhoneにインストールし(Android版も配信中)、「丹波篠山サイクリングワールド」のミッションに挑戦しながらサイクルツーリズムを体験してみることに。
「丹波篠山サイクリングワールド」の中で、現在(21年9月8日~11月30日)開催中のイベントは以下の5種。
・丹波篠山ぐるっと1周#ササイチ
・丹波篠山国鉄篠山の廃墟跡を巡るコース
・丹波篠山の歴史を巡る70kmコース」
・"秋の田園風景を..."丹波篠山東部を巡るサイクリングコース
・"挑戦者求ム"丹波篠山KOMチャレンジ!
今回、記者は「丹波篠山ぐるっと1周#ササイチ」に参加することにした。丹波篠山を知り尽くしたライダー......丹波篠山で自転車工房を営む村上大輔さんが本気で考えたコースだ。
丹波篠山の様々なエリアを巡りながら、9つのミッションをクリアしていくコースだ。距離にして約105キロ。所要時間は6時間で、DIIIGのサイトには「何度かに分けてクリアしましょう」とある。
「私自身も十数年、篠山を(ロードバイクで)走ってきて、ここはぜひとも走ってほしいと思う場所を厳選しました」
と、自信に満ちた様子で村上さんは話す。
「丹波篠山の地形って特殊なんですよ。たとえば、国道を走るときとか、自転車だと危ないと感じる道もいくつかあります。
でも、このアプリで案内している道なら快適に通れたりとか、そういう『地元の人しかまず知らないような脇道』もコースに入れるよう意識しました」(村上さん)
そんな選りすぐりのスポットの中で、記者が最初に訪れたのは、「河原町妻入商家群(かわらまちつまいりしょうかぐん)」。藩政時代の面影をそのまま残したような風景が続く。
間口が狭く、奥行きの深い作りが特徴の「妻入り」の商家が並ぶ道を歩いていると、江戸時代にタイムスリップしたかのようだ。土産物屋もそこかしこにあるので、買い物も楽しめる。
ミッション達成までの手順は非常にシンプル。
スマホのGPS機能をオンにしておき、目的地(ここでは「河原町妻入商家群」)に着いたらアプリ画面の「GPSチェックイン」をタップ。プレイヤーが目的地の100メートル圏内にいれば、ミッションクリア! ポイントを獲得できる。
目的地によっては、たとえばカフェで注文したメニューの写真を貼るよう指示される場合もあるが、1~2ステップでクリアできるシンプルなものがほとんど。
自転車でどんどん次の場所を訪れポイントを貯めていくのは、スタンプラリーのような面白さがある。
ポイントが一定数貯まると、「オリジナル丹波焼」や「丹波篠山黒豆と丹波大納言小豆詰め合わせ」などの報酬がもらえる抽選に応募できる仕組みだ。
篠山城から見下ろす町並み
歴史的な街並みを堪能した後は、再び電動自転車をこいで次の目的地へ。目指すのは「篠山城 三の丸跡」だ。
この場所について、「DIIIG」では次のように説明されている。
「慶長14年(1609)、徳川家康が大坂城攻略の拠点として『笹山』という小高い丘に築かせた城が篠山城です。昭和19年(1944)の火災で焼失するまでの355年間、篠山城二の丸にあった大書院を約半世紀ぶりに復元しました。古代の建築様式や荘厳な装飾も全て往時の雰囲気が再現されています」
たどり着いてみると、当時の大名たちの生活空間であったことがありありとわかるよう、かつて台所やトイレなどがあった場所には、「厩」や「御台所」などと書かれたタイルが置かれていた。
そして、天守台へも足を踏み入れた。
そこから、丹波篠山の町を見下ろしてみると......。
「丹波篠山市景観計画」のおかげで、丹波篠山市内には篠山城大書院を超える高さの建物が存在せず、市内の様子が一望できた。
こんな風に、ミッションで指示された場所に立ち寄ったり、ルート中にあるお店を覗いたり......「DIIIG」が示すルートをたどりながら自転車で町を走るのは非常に心地よい時間だった。青空の下、風を切って自然の中を疾走する感覚は、観光バスでは味わえないはずだ。
コロナ禍が完全に落ち着いたとは言えない今、遠出をするのに抵抗がある人は多いだろう。
密を避ける「サイクルツーリズム」、アリですよ。