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「お菓子の島」が日本にあるって知ってる? 江戸時代から伝わる、平戸の伝統菓子を食べてみた

Jタウンネット編集部

Jタウンネット編集部

2021.02.16 18:30
提供元:平戸観光協会

日本国内には、「お菓子の島」が実在するらしい――

仕事の合間にクッキーをつまむ筆者の耳に、こんな情報が入ってきた。

「お菓子の島」の正体は、長崎県北部に浮かぶ平戸島(平戸市)。かの有名な宣教師フランシスコ・ザビエルが1550年にポルトガルから来航して以降、南蛮貿易の拠点として栄えた土地だ。

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個人的な話で恐縮だが、筆者は職場デスクの引き出しに常時お菓子をストックするほど、大の甘いもの好きだ。しかし九州に「お菓子の島」が存在することは、恥ずかしながら知らなかった。お菓子好きとして一生の不覚である。

「すぐにでも平戸に飛んでお菓子を食べまくりたい...!」そんな気持ちでいっぱいだが、ふと疑問が浮かぶ。

「平戸のどんなところが、『お菓子の島』なのか?」

お菓子の島、といっても「ヘンゼルとグレーテル」の童話に出てくるような、お菓子でできた家が立ち並んでいるわけではない。

平戸市内の様子を写真で見てみると、異国情緒漂うオランダ商館やカトリックの教会、江戸時代に平戸藩主・松浦家の居城であった平戸城など、西洋と日本の建造物が共存。その中に創業500年以上の「蔦屋」や創業240年を超える「牛蒡餅本舗 熊屋」といった老舗菓子店が暖簾を掲げており、お菓子の島の片鱗を覗かせているが......。

「平戸城」かつては平戸藩主・松浦家の居城だった(提供:平戸観光協会)
「平戸城」かつては平戸藩主・松浦家の居城だった(提供:平戸観光協会)

なぜ平戸は「お菓子の島」なのか。

Jタウンネットは、藩主・松浦家に伝来した資料を保存・公開する松浦史料博物館(平戸市)の館長・岡山芳治さん(59)を取材。オンラインショップやアンテナショップで購入した平戸のお菓子とともに、そのルーツをたどっていく。

南蛮貿易で菓子文化が渡来

「砂糖は奈良時代に中国から入ってきたと言われていますが、本格的に広まったのは16世紀です。1550年から始まったポルトガルとの貿易によって、平戸に砂糖と西洋の菓子文化が入ってきました。
砂糖・菓子文化は平戸から全国に広まったのです」(岡山館長)

平戸は砂糖・菓子文化を全国に広める拠点となった――。どうやら「お菓子の島」とされている理由はここにあるらしい。

南蛮貿易によって日本に渡来した、西洋のお菓子。岡山さんによれば、これらが広まった一番大きな要因は「宣教師」にあるという。

「カステラや金平糖といった砂糖をふんだんに使ったお菓子を、ポルトガルから来た宣教師が布教活動にも利用しました。宣教師とともに、全国に広まったと思われます」(岡山館長)

江戸時代初期の頃は、砂糖を多く使用したお菓子は、いわば贅沢品。「庶民が日常的に食べるのはなかなか難しかったと思う」と岡山館長は推測する。

「平戸オランダ商館」(提供:平戸観光協会)
「平戸オランダ商館」(提供:平戸観光協会)

1609年、江戸幕府から貿易の許可を受けたオランダ東インド会社が、平戸に「平戸オランダ商館」を設立。東アジアの貿易の拠点となった。

しかし41年に幕府の命令を受け、オランダ商館は長崎の出島に移転。オランダの船がそこに来航するようになると、西洋の医学を学びに長崎に日本全国から人が集まるようになったという。

「カステラのように砂糖や卵をたくさん使ったお菓子は、栄養補助食品としても重宝されていました。 医者は医学とともにカステラなどの製法を勉強し、地元の病院で患者に栄養をつけるために食べさせました。これがカステラが全国に広まった理由の一つと考えられます」(岡山館長)

江戸時代から伝わるお菓子図鑑があった!

一方、平戸では、平戸藩主の松浦家6万石あまりを治め、第29代当主・松浦鎮信(しげのぶ、1622~1703)が茶道の一派・鎮信流(ちんしんりゅう)を確立。これを通じて平戸では盛んに砂糖・菓子文化が育まれた。

そして菓子文化に興味を持っていたという第35代当主・松浦熈(ひろむ、1791~1867)は、6年の歳月をかけて、お菓子図鑑「百菓之図」を制作。ヨーロッパから伝わった菓子や、それをアレンジしたもの、平戸独自のもの、江戸菓子、京菓子など100個の菓子の製法が記載されている。岡山館長はその意図について、次のように話している。

「菓子文化が茶道に欠かせないというのがまず一つあります。さらに平戸はその文化の歴史がありながら、江戸時代後期には長崎菓子、江戸菓子、京菓子というのが全国的には有名になってきました。その大本は平戸だというプライドが熈公にはあって、菓子文化を一つのものにまとめて後世に伝えたのではないかかと考えています」(岡山館長)
「百菓之図」100の菓子の製法が載っている
「百菓之図」100の菓子の製法が載っている

ただ、百菓之図に書かれた菓子は松浦家の御用菓子のような扱いであり、購入できたのは有力な商人など、一部の人々。簡単に庶民の口に入るようなものではなかったという。

その後も百菓之図は、松浦家で代々伝えられた。そして2000年10月、鎮信流などが参加する「平戸大茶会」に際して、松浦家は百菓之図を平戸大茶会の実行委員会に提供した。

実行委員会内にある菓子組合は、その中から「花かすていら」を復元。花かすていらを大茶会で提供したのがきっかけで、復元菓子が作られるようになったという。

現在、松浦史料博物館から依頼を受けて復元菓子を作っている店は「蔦屋」のみだ。

松浦熈公が後世に伝えたかったお菓子とはどのようなものなのか――。気になった筆者は百菓之図に登場するお菓子をいくつか購入して食べてみた。

蔦屋の「カスドース」、金色の高級菓子に見える
蔦屋の「カスドース」、金色の高級菓子に見える

外はパリパリ、中はしっとり
外はパリパリ、中はしっとり

まずは平戸銘菓としても定番の「カスドース」。購入した蔦屋の公式サイトによれば、ポルトガルの家庭で伝統的に食されてきたお菓子で、日本では江戸時代に渡来した。 殿様だけが食べることができる「幻の菓子」と呼ばれ、明治以降には皇室献上銘菓になったという。

カステラを卵黄にくぐらせ、糖蜜で挙げたカスドースは、まぶしいくらい鮮やかな山吹色をしている。口に入れると、外側を覆う砂糖のパリパリ食感と、しっとりしたカステラを一度に味わうことができる。そして甘すぎず、食べやすい。小さいながらに高級感があり、気分はまるで殿様だ。

蔦屋の「牛蒡餅」、左からしろ・くろ・抹茶
蔦屋の「牛蒡餅」、左からしろ・くろ・抹茶

続いて「牛蒡餅」。岡山館長によれば、百菓之図に「山椒羹」というお菓子が載っており、その製法が牛蒡餅とそっくりだという。

蔦屋の公式サイトでは形がゴボウに似ていることが名称の由来だとされている。そう言われてみると短く切ったゴボウに見える...気がする。

筆者が食べたのは蔦屋で販売する「しろ・くろ・抹茶」の3色入り。オーソドックスな「しろ」は素朴な味で、黒糖の「くろ」は甘さが際立つ。「抹茶」を深い茶の風味で、甘さ控えめ。やわらかいが噛み切りやすく、いずれもケシの実の固い食感がわずかに感じられた。

熊屋の「花かすていら」、模様がかわいい
熊屋の「花かすていら」、模様がかわいい

そして、2000年に復元された「花かすていら」。江戸時代後期に藩主・松浦家の命を受け平戸の菓子司が作ったという。その名の通り、花のようなかわいらしいデザインが特徴だ。

こちらは老舗菓子店・熊屋のものを購入。

中にはあんこがぎっしり詰まっている。生地はふわふわで舌の上でとろけるよう。鼻を近づけると、シナモンの香りがふわりと漂う。和と洋が入り交じり、ポルトガル船が来航した平戸の情景を思い起こさせる。

金平糖なのに、しょっぱい?

職場の一室で1人、ひたすら平戸の伝統的なお菓子を食べ続ける筆者。甘い匂いが充満し、お菓子の島ならぬ「お菓子の部屋」状態になっている。平戸の街も、このようないい香りがするのだろうか。

ここで百菓之図からは少し離れ、筆者がアンテナショップで見て、気になって購入したお菓子を紹介しよう。

熊屋の「オランダボーロ」チーズたっぷり
熊屋の「オランダボーロ」チーズたっぷり

こちらはショップのスタッフにおすすめされ、つい買ってしまった熊屋の「オランダボーロ」。プレーン、クリームチーズ、オランダを代表するエダムの3種のチーズをブレンドしている。

やわらかい触感で、ほんのり甘い。濃厚で深い味わいを楽しめる。チーズのうまみをギュッと濃縮した感じだ。チーズ好きにはぜひ食べてほしい一品である。

蔦屋の「今平戸」、見た目は甘そうだが...
蔦屋の「今平戸」、見た目は甘そうだが...

そして、あるテレビ番組でも紹介されていたという、蔦屋の「今平戸(こんぺいとう)」。雪のように白く美しい金平糖だが、実は驚きの仕掛けが隠されている。

その正体を伏せたまま、編集部のメンバーに食べてもらうと...

ん?
ん?

あ、おいしい
あ、おいしい

いぶかしげに顔をしかめる同僚。狐につままれたような顔で今平戸を舐めていたが、しばらくして満面の笑みを浮かべた。どうやら思っていた味と違って動揺したらしい。

「舐めた瞬間、港町を思い浮かべました...」というコメントを残している。

それもそのはず、今平戸は「塩味」の金平糖。砂糖のように甘いか思いきや、口内に広がるのは塩の風味。それが彼に平戸の海を想起させたようだ。

ただ、今平戸は噛むと甘い味がする。しょっぱさと甘さ、同時に味わうことができるというわけだ。同僚も気に入ったようで「スイカに塩といった感じでおいしいですね」と話していた。

東京のオフィスにいながら、平戸のお菓子を堪能した筆者らだが、まだ満足できないところもある。復元菓子の一つ「烏羽玉」を食べることができなかったのだ。

復元菓子の一つ「烏羽玉」(提供:松浦史料博物館)
復元菓子の一つ「烏羽玉」(提供:松浦史料博物館)

岡山館長も「おいしい」と太鼓判を押す烏羽玉は、蔦屋と松浦史料博物館でのみ提供されている。

黒餡の中に炒った黒ゴマを混ぜ、求肥で包んで和三盆をまぶしている。甘さ控えめで、ゴマの風味が楽しめるという。

平戸に行ったら、絶対これを食べなければならない――そう固く心に誓った筆者。2021年4月には大規模改修中の平戸城がリニューアルオープンする。松浦家が居城とした平戸城を見上げながらお菓子をつまむのも良いかもしれない。

平戸の詳しい情報はこちらから。
なお、平戸観光協会では、記事中で紹介した「蔦屋」や「牛蒡餅本舗 熊屋」などのお菓子をちょっとずつ食べ歩きできる「スイーツ巡り!Cyoi食べクーポン」も販売している。

<企画編集・Jタウンネット>

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