「AIでカープを日本一にしよう」 広島県がまさかのアイデア募集...いったいなぜ?その意外な狙いとは
故・野村克也氏の代名詞と言える「ID野球」。この言葉が注目を集めたのは、野村氏がヤクルトの監督に就任した1990年のことだった。集めたデータを駆使して試合に臨むスタイルは、当時の野球界において革命とまで叫ばれた。
それから30年。
テクノロジーの急速な進歩に伴い、スポーツの分野でもAI・IoT技術を活用する動きが広まっている。もちろん、プロ野球の世界も例外ではない。ID野球の時代よりも格段に細かく、また多岐に渡るデータが選手達のプレーに生かされているのだ。
そんな「プロ野球×AI」という分野における新たな試みが、広島を舞台に行われていたこと、野球ファンの皆様はご存じだったろうか。実際のプロ野球の試合データを用いた「配球予測コンペ」である。
スコアやカウント、打者や投手の情報など、様々なプロ野球公式戦のデータをAIに学習させることで、投球のコースや球種を予測しようという試みだ。一般参加が可能なデータ分析のコンペティション(競技会)形式の取り組みで、全国から2000人超の参加者が集まった。
コンペは球種・コース予測のほか、「広島東洋カープを日本一にしよう」をテーマに自由なアイデアを求める部門も用意。すでにコンペ自体は終了していて、2020年10月には各部門の上位入賞者を表彰するイベントが行われた。
ところで、このコンペを主催したのは、広島県の実証実験プロジェクト「ひろしまサンドボックス」である。そう聞いて、なぜ県が...?と思った読者も多いのではないだろうか。広島といえばカープだが、まさか地元球団を強くするためのプロジェクト、というわけではないはず。
広島県が「配球予測コンペ」を通じて目指すものとは、何なのだろうか。Jタウンネット記者がその全貌を取材した。
元プロとAIの対決企画も
まずは、10月23日、都内の会場で行われた表彰式イベントの模様をお伝えしよう。
イベントでは、球種・コース・アイデア各部門で上位に入賞した参加者の紹介・表彰のほか、コンペの成果を分かりやすく伝えるためのユニークな催しも行われた。
今回のコンペで開発されたAIと、元プロ野球選手の里崎智也さんが、配球の予想対決をするという企画だ。過去のカープの試合映像を元に、スコアやカウントなどのデータを判断材料に、両者が「次の一球」を予想し合うという趣向だ。
しかも、この予想対決を解説したのは、カープOBの前田智徳さん。まるで実際のプロ野球中継のように豪華な布陣だが、それもそのはず、今回のイベントの模様は広島ホームテレビのYouTube番組として生配信されたのだ。
総参加者2038人、応募総数1万479件のコンペから生まれたAIと、千葉ロッテマリーンズを2度の日本一に導いた名捕手・里崎さん。両者の対決がどうなったのか――ここでの詳述は避けておくが、結果が気になる人は、ぜひ記事末尾の動画をご覧いただきたい。
カープを「日本一」にするためのアイデアも
ここで、球種・コースの予測とは性質の異なる「アイデア部門」についてもご紹介したい。
これは「広島東洋カープを日本一にしよう」をテーマに、データ分析の手法を用いて、カープを強いチームにするための「提言」を行うという内容だ。AIを活用してチームを強くするアイデアを導きだすとは......プロ野球ファンなら大いに気になるはず。
Jタウンネット記者は、この部門で1位に輝いた、KDDI総合研究所の美嶋勇太朗さんに話を聞いた。
自由な研究に工数を割ける同社の「ミライ ヲ ツクル」プロジェクトを利用し、今回のコンペに参加したという美嶋さん。自身も熱狂的なカープファンだといい、コンペには「カープの日本一を夢見て。一ファンによる胴上げに向けた提言」というタイトルで応募した。
美嶋さんのアイデアは、ファンやマスコミの間で「定説」となっている点について、改めてデータ分析の手法を用いて検証していくというもの。具体的には、丸佳浩選手の巨人への移籍でチームにどんな影響が出たのか、ポストシーズンにおけるカープ野球の変化などを分析したという。
分析をしてみて、とくに興味深かったポイントを美嶋さんに聞くと、
「例えばですが、(丸選手の移籍に関して)終盤にゲームをひっくり返されてしまった後、打線がもう一度ひっくり返す力は、実は丸選手が移籍をする前と後ではあまり変わっていなかったんです。
シーズンの総得点という観点では間違いなく落ちているんですけど、競り合った展開でもう一度土俵際から元に戻す力はちゃんとあったと。そういった点などを分析しています」
と説明した。
美嶋さんが今回のコンペに参加したのは、もちろんカープ愛が大きな理由。だが、それ以外にも興味を持ったきっかけがあるという。
「そもそも、プロ野球をテーマにしたデータ分析コンペは非常に珍しく、その点だけでも興味がありました。正直なところ、テーマがカープでなくても参加したと思います。やはり今回、これだけ多くの参加者が集まるコンペになったのは、そういった点が理由ではないでしょうか」
県が配球予測コンペを行う理由
さて、ここまで紹介してきた配球予測コンペと、その表彰式イベントは、県が19年度から進めているAI人材育成プロジェクト「ひろしまQuest(クエスト)」の一環として行われたもの。
しかし、なぜ県がプロ野球のデータを分析するコンペを主催したのだろうか。その狙いについて、同プロジェクトの中心メンバーで、広島県商工労働局イノベーション推進チームの金田典子課長に聞いた。
「昨年度は、『プレQUEST』と題して、eラーニングやオフラインでの勉強会を行いました。この取り組みを通じて、新たにAIに興味を持つ人が出ている中で、その次のステップとして、今年度はオンラインのコンペティションを実施したいと考えました。
テーマに野球を選んだのは、まず多くの人が興味を持ってくれる分野であること。そして、やはり広島ならではのテーマである、ということが理由です」
金田課長によれば、昨年度の「プレQUEST」参加者のうち、複数人が今回のコンペにもエントリー。新たな人材の育成を目指し、学習の場を提供してきた昨年度の取り組みが、確かな実績につながった形だ。
配球予測コンペは「価値ある学びの場」
今回の配球予測コンペの特徴について、競技会のプラットフォームを提供したSIGNATE(東京・千代田区)の齊藤秀社長に聞いた。
「普段我々がやっているコンペと比べても、かなり参加者が多い方です。野球というテーマが親しみやすいこともあって、関心層が広かったのだと思います」
では、県がこのようなコンペを行う意義は、どこにあるのだろうか。
「まず、ひろしまサンドボックスなどの取り組みで、産業のデータ・課題が集積しても、それを活用する人材がいないとなかなか広がらない。その課題を解決するための取り組みが、ひろしまQuestだと理解しています。
今回のコンペも、野球の課題解決をしたいというよりは、1つのモデルとしてデータと課題を出して、解いて、そこからみんなで学ぶことに意義があります。今回の参加者の優れた分析を教材として、オンラインで受けられるようにするつもりです」
つまり、県がこうした学びの場を提供すること自体に、大きな価値があるというのだ。
また、こうしたコンペが人材発掘の場になることも多い。実際、今回の配球予測の成績が評価され、地方支社から本社への異動が決まった参加者もいたという。こうした事情を説明したうえで、齊藤氏は今回のコンペについて、
「広島県内の隠れた宝を見つける活動、とも言えるんじゃないでしょうか」
ともコメントしていた。
なお、今回の表彰式イベントでは、「ひろしまクエスト」における第二弾コンペの準備が進んでいることも発表された。
テーマは、日本一の生産量を誇る広島の「レモン」。これまで生産者が目視で行ってきた農産物の等級判別(A級品、B級品などの仕分け)を、画像データを学習させたAIに行わせようという試みだ。応募要項などの詳細は、追ってひろしまクエスト公式サイトなどで発表される予定だ。
――AI分野における広島県の宝探しは、まだまだ続きそうだ。
<企画編集・Jタウンネット>