同人誌は室町時代から存在した...? 当時の素人が描いた「新蔵人物語絵巻」が薄い本のようなストーリーだと話題に
同じ趣味・嗜好を持った人たちが複数、あるいは個人で制作する「同人誌」。コミックマーケットなどの即売会があることでも有名だ。
そんな同人誌、実は室町時代から存在していたらしい――
あるツイッターユーザーによるそんな投稿が話題になっている。
ツイッターユーザーのりょ(@pdryo)さんが投稿したのは、サントリー美術館(東京都港区)で公開されている「新蔵人物語絵巻」。
作品の紹介文には、以下のような説明が記載されている。
「男装して宮仕えし『新蔵人』と呼ばれた少女の物語です。墨だけで描かれ、縦がわずか11センチしかありません。このような小型絵巻は素人(特に女性)がプライベートの楽しみとして描いたものと考えられています。手の中で、こっそり『ふふふ』と鑑賞されたのかもしれません」
サントリー美術館公式サイトには作品詳細が載っている。
それによると、男装して出仕した少女は帝の寵愛を受けるようになるが、ある時その正体が知られてしまう。しかしかえって珍しく思われた少女は、よりいっそう寵愛を受けるようになるという。
制作されたのは室町時代。新蔵人物語絵巻は二巻構成で、上の説明はサントリー美術館が展示している上巻までの内容だ。下巻で少女は帝の子を出産し、また新たな展開を迎える。
制作背景と内容を見て、どうだろう。素人が描いた作品かつ、この内容...。現代の同人誌に通ずるものがないだろうか。
りょさんは、展示作品と紹介文を写した写真に、「室町の同人誌」とコメントをつけて、2020年10月3日に投稿。7日時点で3万件以上リツイートされ、話題になっている。
ほかのユーザーからは、
「人間いつの時代も変わんないもんですね」
「室町時代の薄い本ですねww」
「しかも男装女子かぁ やはり我が国のサブカルの歴史は深い.......」
「なんとなくで書いた自分用の同人誌がこうやって貼り出されてると思うと作者さんあの世で悶え死んでそう」
といった声が寄せられている。
「男装の姫君」は室町以前にも
「新蔵人物語絵巻」はリニューアル・オープン記念展II「日本美術の裏の裏」(9月30日~11月29日、会期中に場面替えあり)で展示されている。
Jタウンネットは10月5日、サントリー美術館主任学芸員の上野友愛さんに「新蔵人物語絵巻」について詳しい話を聞いた。
物語の中心となるのは、男装して宮仕えする少女。正体がばれた後も帝に寵愛されるというストーリーだ。
現代の少女漫画にもありそうな設定だが、このようなストーリーは室町時代から珍しくなかったのだろうか。上野さんに聞いてみると、
「男装の姫君という点では、『新蔵人物語絵巻』よりももっと古く、平安時代後期に成立した『とりかへばや』や、平安時代末期の『有明の別れ』などがあります。
ただし、『とりかへばや』では天狗の呪いのせい、『有明の別れ』では後継者問題のためと、姫君が男装する理由が別にありましたが、『新蔵人物語絵巻』では、主人公が自らの意志で男装しており、意識的に性別の枠を飛び越えようとする新しい主人公像が見られます」
「男装した女性」という登場人物の設定自体は室町以前からあった。だが、自らすすんで男装するという点は「新蔵人物語絵巻」ならではの要素だったようだ。
15~16世紀に流行した小型絵巻
上野さんによれば、「新蔵人物語絵巻」のような小型絵巻は15~16世紀にかけて流行。縦の幅が、通常の絵巻の約半分の大きさ(15センチ程度)となっている。
その中でも、この作品のように墨の線を主体に描かれた絵巻は「白描小絵」と呼ばれる。上野さんは、白描小絵の楽しみ方を次のように話している。
「白描であれば、絵具を持っていなくても描けます。また小絵であれば、必要な紙も少なく、絵を描くことを職業としていない人でも、創作意欲を形にしやすかったと想像できます。白描小絵は自分のためであれ、他人のためであれ、私的にこっそり楽しんでいたと考えられます」
また上野さんによれば、白描小絵は、女性の登場人物が強調される、室内の様子や出産、妊娠、家事の詳細が描かれるなど、女性目線の作品が少なくない。そのため、白描小絵の制作者は女性が多いと考えられているという。
室町時代の人も現代人とそう遠くない嗜好を持っていたと考えると、なんだか感慨深い。作品が「室町の同人誌」としてツイッターで話題になっていたことについて、上野さんは、
「『新蔵人物語絵巻』については、かねてより『男装の麗人みたいでしょ?』『現代のマンガにもありそうなテーマ!』『白描小絵って同人誌みたいでしょ?』と思っていましたので、共感していただける方が多く嬉しいです。これをきっかけに、他の絵巻にも興味を持っていただければ幸いです」
と話している。