練馬の古道「埼玉道」は「池袋の埼玉化」を予言していた!?
東京都練馬区早宮2丁目にある「開進第一小学校」。この校門付近に謎の石碑が立っている。その名も「埼玉道」(さいたまどう)。行政上は「放射35・36号線」と「都道441号線」が重複する区間となっているけれども、地元では「正久保通り」と言った方が通じやすい。かつては埼玉道と呼ばれていたものらしい。
地元の教育委員会が作成したパネルには次のような説明がある。
「埼玉道は、清戸道(千川通り)を江古田駅の南、二又で北西に分かれて、埼玉県戸田市方面に至る道です――(中略)――旧上・下練馬村の地を北へのぼり、川越街道を渡って下赤塚から荒川早瀬の渡しへ出ます。渡しを越すと埼玉県です。埼玉道と呼ばれるゆえんです」
清戸道は江戸市内と東京都清瀬を結んでいた古道で、江戸時代、清瀬で栽培した農産物を江戸に出荷するために利用された。大正時代に実施された交通量調査では、川越街道(国道254号線)よりも利用者が多かったという。
道路の埼京線版が誕生する!?
話を「埼玉道」に戻す。今のところは「埼玉道」という呼び名もあまり知られておらず、それほど交通量も多くない放射35・36号線/都道441号線だが、現在整備・拡張工事が進められている。4年後の平成30年度には新大宮バイパスと接続し、さいたま市からJR池袋駅西口までが1本の道路で結ばれる。
「道路の埼京線バージョン」というのはオーバーかもしれないが、この事業が完了すれば池袋の「埼玉化」が一層進むのは間違いない。利用者が増えれば、今一つ親しみにくい現在の名称に代わって、「埼玉道」復権もありそうだ。
その暁には、「埼玉道」の石碑は時代を先取りした「予言」として語られるかもしれない。