15周年を迎えたウィキペディアが、地域振興の主役になるかもしれない(後編)
ウィキペディアタウン二子玉川プロジェクトの特徴は、「古写真」の発掘に力を入れていることだ。
【前編はこちら】
住民のアルバムに眠る写真を発掘
皆さんの家庭にも、子ども時代のアルバムが一冊はあるだろう。
あなたや家族が写っているのはもちろんだが、その後ろには、当時あなたが暮らしていた街の姿が写りこんでいるはずだ。その光景の中には、今は再開発などで消えてしまった街並み、姿を変えてしまった建物、あるいは当時の文化や習慣をうかがわせる貴重な材料が含まれているかもしれない。
しかしこうした写真はほとんどの場合、個人のアルバムで眠り続け、人目に触れることはない。時には、紛失してしまうこともある。
それを発掘しウェブ上に公開すれば、社会の公共財(コモンズ)として、地域の、そして世の中全体の役に立つのでは――。
高橋さんらによる二子玉川のウィキペディアタウンではこうした観点から、地元の住民にアルバムに眠る写真を持ち寄ってもらい、これをスキャンして、ウィキメディア・コモンズ(ウィキペディアの姉妹サイト。写真や動画などのメディアの保管庫)にアップロードする、という取り組みを、地域の商店街振興組合などと連携しながら続けている。
ウィキペディアに参加してもらう、といっても、経験のない人にとっては記事を執筆する、というのはなかなか難しい。その点、写真を持って来るだけならば、比較的ハードルは低くなる。「多様な方々に参加していただけるよう、間口を広げたい」という思いから、高橋さんはこの「写真」という切り口での活動を進めている。
地域の「記憶」を呼び起こす機会にも
こうして発掘された写真は、ウィキペディア上で活用されるのはもちろんのこと、オープンライセンスのため、さまざまな場面への「横展開」が可能になる(この点ウィキペディアは、他のデジタルアーカイブより柔軟である)。
二子玉川のプロジェクトでは、イベント「大山みちフェスティバル」でのパネル展示や、地元で配布されているリーフレットなどで、すでにこれらの写真が利用されている。
実用的なメリットだけではない。人々が集まり、写真を撮ったときの状況やそれにまつわる思い出を語り合うことは、地域の記憶を呼び覚まし、住民たちのコミュニケーションを深める側面もある。また若い世代や、近年引っ越してきた住民たちにとっても、こうした古写真に触れることで、地域に対する愛着を深める機会になるかもしれない。両者の交流の場を作るためにも、高橋さんは「アーカイブした写真の活用方法をさらに模索していきたい」と語る。
似たような活動を自分の地域でしてみたい、という人には、何が求められるだろうか。
「個々の地域に即した運営方法や工夫があると思いますので、あまり『こうすべき』とは言いたくないのですが、まずは自身でやってみながら、順次『地域に合ったやり方』を探っていく方が良いのかもしれません」(高橋さん)
個々の活動という点を、線でつなぐ
もう一つ、2016年1月24日のイベントで「地域」にかかわる興味深い発表があった。東京・神奈川を舞台とした「ウィキペディア街道」だ。
東京・赤坂から神奈川・大山へと続く旧街道「大山道」。この街道に沿った地域の寺社仏閣や、施設などの記事を、ウィキペディアに投稿している。
主催しているのは、地域の課題をテクノロジーで解決することを目指し、プログラマーらによって各地に立ち上げられている「Cord for X」のグループだ。地域を知ることは、その課題を見つける第一歩にもなるし、ウィキペディアを通じた情報発信はそれ自体、前述のとおり地域貢献につながる――との趣旨から始まった。
「大山道」については、世田谷、横浜、川崎、神奈川の団体がそれぞれ持ち回りで運営している。ウィキペディアタウンが、特定の街といういわば「点」にスポットを当てた試みであるのに対し、「ウィキペディア街道」はこれらの点を「線」でつないだ点がユニークだ。一地域のコミュニティだけでは難しい問題(たとえば開催に当たっての人員確保や、運営のノウハウなど)も、複数のコミュニティが協力し合えば、解決できることもある。
運営に携わる小池隆さんによれば、たとえばお寺などに撮影の許可を依頼しても、「ウィキペディア」の存在は多くの人が知っており(さすがにご高齢の方は「ウィキペディア?」となるらしいが)、総じて好意的に対応してもらえているという。個人個人の活動では、なかなかこうしたことは難しいかもしれない。ウィキペディアの存在が、各人の地域貢献を円滑にしている、という見方もできるだろう。
水戸道中(千住~水戸)など、大山道のみならず他の旧街道にも活動を展開していければ、というビジョンもある。小池さんは、「街道沿いにこうした文化が伝わっていくようなことになれば、面白いと思います」と語る。
公的機関もウィキペディアの可能性に注目
これらの取り組みは、基本的に地域の有志が主体となって、ボランティア的に行われているものだ。一方、公的機関との連携も進みつつある。
特に関西で開催されているウィキペディアタウンでは、自治体との積極的な提携や、図書館からの資料提供など、公的機関からのバックアップも受けながら、活動が展開されている。特に図書館とはウィキペディアの性質上、相性がいいこともあり、2015年7月には、国立国会図書館関西館を会場とした「ウィキペディアタウン in 関西館」も行われた。
地域の情報を持つ行政や図書館。地域・社会貢献を志す個人やグループ。オープンデータなどを扱う、オンライン上の各種プロジェクト。そして何より、地域の住民たち。これらの結節点として、ウィキペディアは機能できるポテンシャルを持っている(これだけ多くの人に見られていて、オープンなサイトは他にない)。
「15周年を迎えたウィキペディアが、地域振興の主役になる」。まだそれは「かもしれない」だが、20周年のころには、もはや「当たり前」になっている......かもしれない。