なぜ従業員は「本当の退職理由」を語らないのか 見えない不満を拾う外部窓口の役割
「一身上の都合で退職します」
会社側にはそう伝えていても、それが本当の理由とは限らない。
上司との人間関係、仕事量への不満、評価への疑問。さまざまな問題を抱えていても、退職を決めた段階では「あえて会社に伝える必要はない」と考える人もいる。
企業からすれば突然の退職に見えても、本人の中ではその何カ月も前から不満が積み重なっていたということもある。
こうした表に出にくい声を、退職に至る前にどう把握するのか。
企業向けの外部相談窓口「サポキタ」を運営する株式会社コモンズリンク代表取締役の田畑優子氏に、従業員が社内で本音を話しにくい理由と、第三者が間に入る意味について聞いた。
半数以上が「本当の退職理由」を伝えない
2024年に公表された民間調査では、退職経験者の54%が勤務先に「本当の退職理由を伝えなかった」と回答している。その理由として、人間関係など職場に対する不満が挙げられていた。
会社側が把握している退職理由と、本人が実際に感じていた理由にずれが生じることは珍しくない。
同じような問題は、ハラスメント相談でも見られる。
厚生労働省の「令和5年度 職場のハラスメントに関する実態調査」では、勤務先でパワーハラスメントを受けたと回答した人のうち、その後の行動について「何もしなかった」とする回答も一定割合を占めている。
相談窓口が存在していても、必ず利用されるわけではない。
「相談したことが上司に知られるのではないか」「評価に影響するのではないか」「言ったところで何も変わらないのではないか」。
そう考えれば、あえて声を上げないという選択も起こり得る。
田畑氏によれば、企業から「急に辞めてしまった」と聞くケースでも、本人に話を聞くと、業務量や人間関係などへの不満が以前から積み重なっていたことがあるという。
問題は、不満が存在することよりも、それが会社側から見えない状態が続くことだ。
なぜ社内では話しにくいのか
コモンズリンクが運営する「サポキタ」は、企業の外部に相談窓口を設けるサービスだ。LINEやオンライン面談、Webフォームなどを使い、匿名での相談にも対応しているという。
従業員から寄せられるのは、明確なハラスメント相談ばかりではない。
「仕事量が多くてつらい」「上司の言い方が気になるが、これがハラスメントなのか分からない」「職場に居づらさを感じる」といった、本人自身も問題を整理できていない段階の相談もある。
こうした話は、社内の人事担当者にはかえって話しにくい場合がある。
人事部門は相談窓口である一方、評価や異動などにも関わる部署だからだ。相談者から見れば、完全に利害関係のない相手とは言いにくい。
外部窓口の意味は、その間に第三者を置くことにある。
もっとも、「外部だから安心して何でも話せる」と単純に考えることもできない。誰が相談内容を見るのか、会社へどこまで伝わるのか、自分が特定されないのか。そのルールが明確でなければ、利用者の警戒感は残る。
外部窓口を置くことよりも、「相談した後に何が起きるのか」を従業員へきちんと説明しておくことが重要になる。
個人の愚痴で終わらせない
サポキタでは、相談者本人の意向を確認しながら、必要に応じて企業側へ内容を伝えているという。その際、本人が希望しない限り個人を特定できる情報をそのまま共有するのではなく、相談内容を整理したうえで報告する。
例えば、一人から「上司との関係がつらい」という相談があっただけなら、個別の人間関係の問題かもしれない。
しかし同じ部署から似た内容が複数寄せられているのであれば、個人間の問題ではなく、マネジメントや組織運営に原因がある可能性も出てくる。田畑氏は、相談内容を一人の従業員の不満として処理するだけでなく、「どの部署から、どのような声が出ているのか」を見ることが重要だと話す。
外部窓口が持つもう一つの役割は、従業員の声を組織の課題として見える形にすることだ。
ただ、そこから先は企業側の仕事になる。相談内容が会社に伝えられても、「そういう不満もある」で終われば何も変わらない。業務量を見直すのか、上司への研修を行うのか、人事制度そのものに問題がないかを検討するのか。
外部窓口には、組織を直接変える権限はない。
集まった声を実際の改善につなげられるかどうかは、経営者や人事部門の判断に左右される。
離職の「前兆」はつかめるのか
一人の社員が辞めると、企業には採用や教育、引き継ぎなど新たな負担が発生する。欠員を埋めるまで他の社員の仕事量が増え、さらに別の退職につながる場合もある。
そのため企業にとっては、採用人数を増やすだけでなく、現在働いている人がなぜ辞めようとしているのかを知ることも重要になる。
田畑氏は、退職や休職といった結果が表面化する前には、何らかの小さな変化が見られることが多いと話す。
仕事に対する不満、上司との関係、体調への不安。
本人がまだ「辞める」と決める前に話せる場所があれば、企業側が問題に気づく機会にはなる。
ただし、相談窓口を設ければ離職率が下がると保証できるわけではない。会社に問題がなくても退職する人はいるし、待遇や仕事内容など、相談だけでは解決できない問題もある。
外部相談窓口の役割は「退職を止めること」というより、これまで経営側から見えなかった情報を増やすことだと考えた方が実態に近い。
中小企業ほど「相談相手」がいない
専任の人事担当者を置ける大企業と違い、中小企業では相談業務そのものを経営者や総務担当者が兼務しているケースも多い。人数が少ない組織では、相談した内容から本人が推測されやすいという問題もある。
「匿名で相談してください」と言われても、部署に数人しかいなければ、内容によって誰の相談か分かってしまうこともある。コモンズリンクでは、そうした中小企業でも導入できるよう、月額5000円からのプランを設けているという。価格の低さは導入のハードルを下げる一方、重要なのは実際に従業員が使うかどうかだ。
制度だけ用意され、存在を知られていなければ意味がない。
相談方法を定期的に周知し、利用しても不利益を受けないことを伝え、相談後には可能な範囲で改善につなげる。そうした積み重ねがなければ、どのような窓口でも「形だけの制度」になってしまう。
本音を言える会社はつくれるのか
社員が会社にすべての本音を話す必要はない。不満があっても自分の中で処理する人もいれば、転職という選択をする人もいる。それ自体は個人の自由だ。
ただ、複数の従業員が同じ理由で悩み、同じ問題から繰り返し退職しているのに、会社側がその理由を把握できていないのであれば、改善することも難しい。外部相談窓口は、その見えない部分を知るための一つの方法になる。
一方で、社員の声を集めるだけでは職場は変わらない。相談しても何も変わらなかったという経験が積み重なれば、次第に誰も相談しなくなる。
「本音を話せる場所」をつくることと、「話したことが無駄にならない会社」をつくることはセットで考える必要がある。
第三者を入れる意味があるとすれば、企業と従業員の間にもう一つの通路をつくり、それまで表に出なかった問題に気づく機会を増やすことにあるのだろう。

【取材協力】
株式会社コモンズリンク
代表取締役 田畑優子
https://sapokita.commonslink.jp/