ココからあなたの
都道府県を選択!
全国
猛者
自販機
家族
グルメ
あの時はありがとう
旅先いい話

82~83歳、コラムを連載してみて...ぶらいおんの挑戦はまだまだ続く

ぶらいおん

ぶらいおん

2017.03.28 11:00
0
画像はイメージです(Marcoさん撮影、Flickrより)
Departures

2016年4月から、1年に渡って連載していただいた昭和8年(1933年)生まれ、ぶらいおんさんによる本コラム。楽しみにしていただいた読者の皆さまには大変申し訳ありませんが、今回で一区切りとなります。

この連載では、若者文化から、直近の政治・社会をめぐる問題、思い出の映画、あるいはAIなどの最新テクノロジー、そして自分自身の「老い」にいたるまで、幅広いテーマを扱ってきました。Jタウンネットでの最後の掲載となる今回は、連載の裏側、そしてこれからの執筆予定について語ります。

4月からもコラム執筆は続けます

   いよいよ、今回で最後か?と思うと、些かの感慨がないわけでも無い。

   本コラム連載終了を聞き付けた、熱心な読者でもあった知人から「残念ですね、もっと続けて欲しかった。」と、ご意見も寄せられているので、一応、この連載終了に至る経緯を述べることにしよう。

   4月からの年度替わりを機に、一般に企業内で良くある事情だが、Jタウンネット内でも組織の変更があり、筆者の編集担当をして下さって居たT編集長が、更に、別の職務に就かれることになったらしい。

   それで、先方としては、新しい体制、新しい方針の下でコラムもまた、心機一転したい、という意向らしい。現在、筆者との契約は3月一杯で満了する、という形になって居り、これまでのやりとりからして筆者の意向は、「書けるところまで、書き続けたい。」ということなので、継続するためには、新たな契約更改をせねばならない。

   ところが、筆者のこのような意向は承知しては居るものの、Jタウンネット組織内の変更の都合もあり、そのため契約は今回で終了、ということで了解して貰えまいか?という連絡があった。

   元々、「契約」というものは、当事者双方が納得した上で成り立つものであるから、両者の見解が異なる場合は当然、成立しないことになる。

   筆者自身も、これまで色々な組織に関わって来て、その間の事情も承知している。ここで、先方の申し出に、異を唱えてみたところで意味の無い話だし、コラムを書き続けること自体は当方の問題であって、Jタウンネットの意向とは全く関わりない。単に、今までと同じ場所には、書か無い、ということに過ぎない。

   それで、4月から書く場所は、『ぶらいおんのコラム(Jタウンネット離脱後)』(別に、英国をまねたわけでは無いが)とネーミングして、既に準備も済んでいる。

   新しいサイトでの、第1回コラム公開は、4月8日(土)を予定している。そして今後は、月3回の公開を目標として行く(毎月、原則8、18、および28日)。

   因みに、リフレッシュ・コラム第1回目のタイトルはNo.52<これまでのことから~ 電脳事情よもやま話>(仮題)とし、今後はJタウンネットでの連載が「ぶらいおん」の記事一覧/51件で終了したことを記録し、これを継続する、という意味を込めてNo.52からスタートするシリアルナンバーを付することにした。

   もし、これからも続けて筆者のコラムを読んでみようか?と思って下さる方は、現在および今後も或る期間はアーカイブされる筈のJタウンネット上の筆者コラム記事のプロフィール(記事の一番下)中に掲載してある「ぶらいおん」のツイッターをフォローして頂けば、コラムが、新しく公開される都度、twitterからお知らせが届くようになるので、是非ご利用の程を!

   いや、私はtwitterはやらず、専らfacebookである、という方もご心配は要らない。実は、筆者がこのtwitterに投稿すると、それが自動的にfacebook "Wakayama Event Plaza"上に転載されるように、連携させてあるからだ。

   また、筆者の現存するブログ"My Favorite Things! ぶらいおんの詞藻アンソロジー"のトップページに表示されている「リンク」や筆者ホームページ「わかやまイベントPLAZA」の"ナビゲーター"から辿ることもまた、容易だし、可能だ。

   だから、何時でも、どなたとでもコンタクトを保つことは今後とも問題ない。ご心配には及ばない。お互いにその気持ちさえあれば、我々が孤立することなど無いわけだから。

   また、これからの連載は、今まで通り月4回でもいいのだが、他にやりたいこともあるし、無理をせず、この位のペースで後15、6年くらい継続すると、筆者の年齢も丁度100歳くらいになることであろう。そう考えてみると、この丸1年のJタウンネットでの連載も長かったようだが、実はホンのイントロに過ぎないのかも知れない。

   しかし、一方、Jタウンネットでの「コラム連載」は筆者にとって初体験でもあり、色々と勉強になったこともあるので、ここで、この連載経験を総括すると共に、今後の展望なども交えながら纏めてみたい。

   そもそも、本コラムの連載が始まったきっかけは、色々ある。元々、書くことが好き、というか、書くことにずっと馴染んで来たことが第一の理由なのだが、それは筆者の性向や嗜好によるもの、と言えよう。

   更に、第二の理由は、この高齢化社会で筆者自身が、十分に、高齢者条件を備えた「名実共に、高齢者と成り果(おお)せた」ことだろう。しかも、当時は満104歳の母を介護する「老々介護」の代表者の一人でもあったから、そういう事情を世の中に訴えたかったこともあるし、端的に言って、少しでもお小遣いも欲しかった。丁度、その少し前に、わずかに続けていた機械翻訳のポスト・エディットの仕事を、事情があって、中止してしまっていたからだ。

   それで、インターネットサーフィンをしていた時、ネット上に存在する、言ってみれば、「人材派遣会社」に相当する、と言うのが適切かも知れない「仕事を求めるクラウドワーカーとクラウドワーカーを求める会社などの仲介を行う」ウェブサイトに突き当たった。

   そこを介して、Jタウンネットのライター募集を知った。類似の案件よりもテーマの点で自分向きと、考えたことと、一つのテーマごとに書く文章の長さも、他と違って、中途半端では無く、十分に書ける長さである、と判断出来たことも大きい。

   早速応募してみた。それまで続けて来た、自分のブログやホームページ(可成り、サボり気味にはなっていたが...。)を紹介すると共に、自分が或るSNSに投稿した短文を添えて。

   その内容は、2016年2月1日発売の「週刊ポスト」(2月8日号)に掲載された、曾野綾子氏のインタビュー記事中の、「高齢者は『適当な時に死ぬ義務』を忘れてしまっていませんか?」との問いかけに対し、態(わざ)と慇懃無礼なスタイルによって、斜に構えた筆致で、現在老々介護中の(曾野綾子氏よりは年下の)高齢者の立場から書いた批判的文章であった。

   間を置かずに、問い合わせがあった。内容は、筆者文中の年齢(82歳、母は104歳)は、実年齢なのか?というものであった。これがJタウンネットのT編集長との出会いだった。

   それから後は、読者諸氏、ご存知の通り、この略1年間に亘るコラムの連載が始まった。スタートに際し、文章のスタイルをどうするか?歳相応のスタイルを変更して、少しでも若者向きに、くだけた文体とすべきか、否か?など、編集長と相談したが、敢えて、変更することは考えず、漢字が多かろうと、表現が現代風で無かろうと気にせず、有りの儘の筆者の自然体で行くことを確認し合うことが出来た。

   コラムのテーマに関しては、主として編集部からの提案によることにしたが、筆者からの逆提案で書かれたものも少なく無い。

   まあ、振り返ってみれば、「殆ど書きたいように、書かせて頂いた」ことは間違い無い。非常に気持ちよく仕事させて頂いたことを、ここで先ず感謝しておこう。

   いつでも、人との出会い、と言うものは、不思議で、貴重なものだ。筆者としては、T編集長との出会いが、この1年に亘る、貴重な体験の結果をもたらして呉れたと、その幸運を素直に認め、感謝している。

   この1年間、コラムニストの端くれとして、書いてみて、勉強になったことも結構あった。

   自ら、ものを書いたり、他人様に文章を依頼し、受け取ったそれを読んでみて、それについての、当方の感想や意見を述べて、もう少し、知りたいことを書き足して貰ったり、曖昧な部分があれば、それを質して、より誤解の無い文章とする等々、編集者として要求されるようなことも、それなりに経験して来て居るので、納品した原稿について、その種の指摘がT編集長からあった時でも、その意味は殆ど一目瞭然で、書き手として納得出来る「指摘」ばかりであった、と言えよう。

   仕事を行うに際しては、「年齢は関係ない」という筆者の信条は若いときから、高齢者となった今でも、全く変わらない。

   年齢からすれば、T編集長と筆者との間は、半世紀ほど離れていることだろう。一般的に言っても、結婚年齢の早い家系なら「祖父と孫」という場合も有り得るだろうが、まあ、無難なところを取るなら、筆者からみて子と孫の中間辺り、が妥当だろう。

   無論、筆者自身の場合でもそうするであろうが、「幾ら、年齢は気にするな!」と言い渡されても、親より高齢者となれば、言葉遣いが丁寧となるのは、これはむしろ自然であるわけだが、常にT編集長からは、余りにも丁寧で、細かい配慮を頂いていたので、筆者は暫くの間、編集長はてっきり「女性」が務めて居られるのだろう、と一方的に思い込んでいた。T編集長には、大変失礼な誤解をして、今更ながら、誠に申し訳無かった、と思う。

   しかし、仕事の遂行に際しては、「年齢の高低も、ジェンダーの相違も関係ない」というスタンスを、筆者は当然、変更するつもりは無い。

   「檄文」の類は別として、一般に広く発表しようとする文章は、矢張り、断定的に書いてはいけないのであろうが、自分の思いを強く主張しようとすると、どうしても、そうなり勝ちであることに、このコラム連載を通じて、改めて気付かされた。

   今更言うのも「恥ずかしい」のであるが、そんなことも、この1年間の間に改めて教えられた利点の一つだった、と言えよう。

   それと、当然とも言えるが、この種のインターネット上媒体、特に営業媒体では、いわゆる「炎上」を不用意に発生させないようなことにも、十分気を配る必要があったようだ。

   それに関して、筆者が取り上げようとして、中止したものもある。実際には、中止した気は無く、いずれ書こう、と思ってはいるが...。

   そのテーマは、「死刑制度」で、昨年、瀬戸内寂聴さんの発言がきっかけで、メディアの炎上が発生し、結局、瀬戸内さんが謝罪する破目となった。確かに、あの場合の瀬戸内さんの発言の表現方法自体は悪かったかも知れない。

   が、問題は、その中身、つまり問題の本質であって、そちらについては、筆者は自分なりの見解を有している。

   あの問題は、そもそも弁護士の集まりで、「日本が未だに死刑制度を存置している」ことについての論議があり、弁護士達の多数意見は「死刑制度の廃止」であるにも拘わらず、一部の弁護士達が「廃止」に頑強に反対した、と言うことであった。

   この報道を聞いたとき、筆者は「弁護士ともあろう者が、何故?死刑制度廃止に反対するのか?」と強く思った。その疑念と、筆者の信念を併せて述べてみよう、と考えたのだが、このテーマはT編集長の意向もあって、先送りすることになった。

   いくら、書き手が正義感と善意を持って書こうとしても、少数の分からず屋たちが「表現の一部」だけを取り上げ、悪意を持って攻撃し掛けて来る可能性があり、ほとぼりの冷めるのを待って「炎上の恐れ」を回避すべきだ、と言う次第であった。

   筆者にしても、確り、読んで貰えないうちにサイトが炎上してしまうようでは、意味が無いので、その意向に従った。個人の書いたコラムでありながら、掲載されている場が企業に関わって居る以上、それを超えることが出来ないのは、また当然であろう。

   一方で、思わぬ新知識を勉強する機会も与えられた。

   それは、元から関心のある分野でもあったのだが、連載したコラムでも、何回か?取り上げた「人工知能(AI)」の世界で、シンギュラリティなどの問題も含めて、これからも注目して行きたい。

   また、今まで殆ど挑戦して来なかった分野、と言えば大袈裟だが、本コラム中でも告白したように、孫たちからも指摘されているように、ツールや十分な環境を持っていながら、実質的に未だ試したことのない、ゲームの世界にも、これから手を染めてみたい。

   特に最近発売と同時に直ぐに売り切れてしまって、品薄状態となっている、と聞かされている、大人気の或るメーカーの、本格的なVRを実現し得るらしいゲーム機を何とか入手して、ロールプレイング・ゲームや進化したVRの世界を是非体験してみたいし、それについての感想や考えも述べてみたい。

   しかし、調べてみると、このゲーム機および関連の器具一式を備えようとすると、結構な費用(平均的なノートパソコンなら楽に買えるくらい?)が掛かるようで、年金暮らしの下流老人にとっては頭が痛いところだ。

   更に、年齢相応の関心事として、ごく最近、体験しつつあるのが「サプリメント」効果である。これについては、生前の母が関心を持って利用したりしていたのを観て、「そんなもの、単なる気休めでは無いのか?」と、どちらかと言えば、批判的に眺めて居たのだが、実は或るアミノ酸サプリメントを実際に試用してみたところ、体感的に劇的な効果があった。

   具体例で説明すると、過去のコラム中で、老化によって、今まで意識などしたことも無かった「歩行」ですら、些かの困難を伴うようになり、「転ばぬ先の杖」の助けにより、エクササイズや散歩の際に重宝していることを報告したが、実は最近、このサプリメント効果以外に思い当たる節は無いのだが、「杖なし」で殆ど苦痛を伴わずに、いつもの散歩コースをクリア出来るようになった。

   これには、かく申す筆者本人が驚いている。これは今のところ、進行中の状態で、嘘も隠しも無い、本当の話だ。たとえてみると、体中の細胞に何か満ちて来るものを、はっきり感じる取ることが出来るし、自分では足下も、これまでより確りして来たと感ずるし、食欲も出て来た、と実感出来るのだ。それで、気分もより明るくなるし、やる気も更に出て来た。これは高齢者にとって、非常に有り難い徴候だ。

   先日のTVシンポジウムで、日本の農業の将来と共に、「日本の高齢化社会」の問題が取り上げられ、その中で、次のような発言があった。

   それは、いずれ、そう遠からぬ未来(20年くらい?後には)、日本では100歳以上の高齢者が、確か1万人を超える、という話で、そうなると高齢者も85歳まで仕事をするようになる、と論者の一人が述べていた。

   聞いていて、これは、ひょっとすると筆者にも関わり合いのある事態なのではあるまいか?と気付かされた。

   昨年末、105歳の母を見送った筆者自身の感覚と、当時から、自覚していた体調に基づいて判断した場合、つまり、ついこの間までは、自分としては100歳前の90代で、「この世とおさらば」するのが、最も適切ではないか?と、本気で感じ、考えて来たのだが、最近の、この身体の細胞全体がリフレッシュされたような感覚からすると、100歳もあながち荒唐無稽というわけでもなく、むしろ視野に入れて、考えて置くべき事柄なのかも知れない?と思い始めた。

   筆者の口癖では無いが、「研究(サーチ)と工夫と努力...」、これらを常に怠らない姿勢こそ、人生の椅子取りゲーム(cf. 詩作品「椅子取りゲーム」)にも勝ち残って行く秘訣と言えよう。

   その他にも、元々パンは好物なのだが、これから自分で気に入ったパンを、拘(こだわ)りを持って焼くことにも挑戦してみたい。ホームベーカリーや材料も既に揃った。後は実行するのみ。

   これまで上に述べて来たような、諸々についての経緯や、その結果や反省を、今後のコラムのテーマとして引き続き書き続けて行きたい、と今は考えて居る。

   この調子なら、取り上げる話題に特に困ることも無さそうなので、「ぶらいおん節」に関心がお有りの方は今後ともフォロー、ご愛読の程を宜しくお願いして置きたい。

   また、新しいコラム・サイトには「コメント」機能も備えているので、ご意見や、取り上げて欲しいテーマなどについて気軽にご連絡頂いてもよいし、筆者の体験に基づく健康管理、サプリメント効果や、男として生き続けるコツなどについて質問があれば、真面目なもので、ご自身の問題であることさえ確認出来れば、可能な範囲で誠実に対応もさせて頂くつもりだ。

   <極私的鑑賞ノート>も、これまでは代表的な映画のみに限って、ホンの一部をご披露したに過ぎない。もっと広く絵画や音楽についても筆者の通ってきた道を順次記録、公開して行きたい。

   反面、自覚症状として、加齢による記憶力の低下も漸増しつつあることは否めない。これに抵抗しながら、コラム執筆を何処まで継続できるか?ひとつ、ギネスブックの記録に、挑戦でもしてみようか?

   楽しくても、悲しくても、また腹立たしくても、生きてさえいれば、書くことに困ることは無い。誰だって、生きている証を残して旅立ちたいに決まっているのだから...。

   今年7月で満84歳となる「ぶらいおんの挑戦」は何処まで続くか? 乞う御期待!

   新人アスリートや新しい昇進力士の決り文句では無いが、「これからも応援、宜しくお願いします!」と言ったところだ。

   では、これまでのJタウンネット上「コラム」読者の方々に深く感謝する共に、筆者を支えて下さったJタウンネットのスタッフ全員に心からの謝意を表しながら...、筆を擱く。

   Jタウンネット「ぶらいおんのコラム」合計51件(これで、お仕舞い) 

buraijoh.jpg

筆者:ぶらいおん(詩人、フリーライター)

東京で生まれ育ち、青壮年を通じて暮らし、前期高齢者になってから、父方ルーツ、万葉集ゆかりの当地へ居を移し、地域社会で細(ささ)やかに活動しながら、105歳(2016年)で天寿を全うした母の老々介護を続けた。今は自身も、日々西方浄土を臨みつつ暮らす後期高齢者。https://twitter.com/buraijoh
PAGETOP