呉昌碩とその時代―苦鉄没後90年―

2017年12月28日 10:00

   清時代の末期から中華民国の初期にかけて、書・画・印に妙腕をふるった呉昌碩(ごしょうせき、1844~1927)は、300年近く存続した清王朝の掉尾(ちょうび)を飾る文人として知られています。初名を俊(しゅん)、のちに俊卿(しゅんけい)といい、中華民国元年(1912)から昌碩と改めました。幼少から私塾に通い勉学を積みますが、太平天国の乱によって一家は離散、17歳から21歳まで凄惨な放浪生活を強いられました。乱の平定後は村人に学問を教えたり、地方の小職に就いたりしながら、書画篆刻にいそしみます。56歳のときに安東県(江蘇省)の知事となるも、腐敗した官界に耐えられず1ヶ月で辞職。その頃すでに盛名を馳せていた呉昌碩は書画篆刻で生計を立て、84歳で没するまで在野の職業文人として、旺盛な創作を展開しました。呉昌碩は終生、紀元前5世紀ごろの古代文字である石鼓文の臨書に励み、その風韻を書・画・印に結実させました。不器用なまでの重厚な運筆の中にも、キラリと光る輝きを秘めた作風は多くの人々を魅了し、日本にも熱烈な愛好者がいます。呉昌碩の没後90年にあたる今年度、台東区立書道博物館と東京国立博物館の連携企画第15弾として、さらには朝倉彫塑館を加えた3館のスペシャル企画として、呉昌碩の作品を概観し、その業績を顕彰します

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会期

2018年1月2日(火) ~ 3月4日(日)

会場

台東区立書道博物館

所在地

〒110-0003 東京都台東区根岸2-10-4

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