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山の中で、とんでもないものと一夜を過ごした話【ささや怪談】

前田雄大

前田雄大

2017.01.14 21:00
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「狐や狸って、人のことを化かすと思う?」
   セイさんが、わたしに問いかけた。
   わたしは、考え込んでしまった。

   セイさんには、前回、前々回と、猫にまつわる不思議な話を語っていただいた。その際に、もうひとつ思い出した話があった。

Photo by Arvin Asadi, on Flickr
Surrounded

   ずっと昔の、ある秋のこと。
   セイさんの同級生に、Sくんという男の子がいた。
   Sくんの家の裏手には、大きな山が広がっていた。
「狐がね、よく出たのよ」
   その日も、Sくんは山に出かけた。
   晩ごはんの前には帰るつもりだったそうだから、手ぶらである。
「あちこちの樹に目印を付けて登ったらしいけども、わからなくなって」
   こんな時は、パニックを起こしてはいけない。自分の足跡を辿って、もと来た道へと引き返していけばいい。
   ところが、どんどん先に進んでいくと、あるものが見えたという。
   Sくんの欲しいものが、空中にぽっぽっと見えたのだ。
   甘くて美味しそうな焼き芋。
   続きが気になっていた漫画の本。
   すいかに、マスクメロン。
   めったに食べられない、バースデー・ケーキ。
「幻覚だって、最初からわかっていたそうよ」
   狐か狸の仕業やな、と。
「それが、だんだん遠くに行くから、自然に追っかけて登っていったら」
   山の中で、迷子になってしまったのだ。
   遭難である。
   どうやら、遠くの山まで来てしまったらしい。
   ふもとの村の明かりひとつ、見えなくなっていた。
   夜の山というのは、大変に怖いところである。真っ暗い闇に、ひとりぼっち。喉はカラカラ、お腹はペコペコ。気温が冷えれば、身体を壊すかもしれない。
   それに、どこに何が潜んでいるかわからない。
   だが、Sくんは信じていた。朝になれば、家族が迎えに来てくれると。
   Sくんは、歩き回るのを止めて、寝る場所を探すことにした。
「で、ほら穴があったから、そこに入って一夜を明かそうとしたのね」
   ほら穴は、人の手で作られたものだった。入口は、かつて板で塞がれていたが、すっかり隙間だらけだったという。
   Sくんは、近くにあった草を集めて、毛布代わりに敷いた。それから、転がっていた箱を背もたれにして、寝ることにした。
   何かが、穴の奥に転がっている気配がした。
「なんかがあるのは、わかっていたって言ってたけど」
   気にしなかった。
   朝になって、Sくんは大人たちに救助された。
   その村の消防団員だけでなく、近隣の村の大人たちも召集されていたそうだ。
「すごい騒ぎになってたのよ」
   半鐘が、早朝から鳴っていたという。

「ふしぎな話ですね。狐って、かわいいことをしますね」
   わたしは、ほうじ茶を啜りながら、感想を告げた。
   狐狸妖怪なんか、もういるはずがない。 だから、そういった話に対しては、おとぎ話みたいな浪漫を求めてしまう。 それから、心温まるハッピーエンドも。
「まだ、続きがあるの」
   セイさんは、続きを語り始めた。

Photo by Ben Salter, on Flickr
A hole in the woods

   Sくんは、ほら穴に大人たちを案内した。
   すると、彼らの顔色が、蒼白になった。
   ほら穴は、戦時中の弾薬庫だったのである。
「そうとうたくさん、入ってたらしいよ」
   Sくんが背もたれにしていたのは、爆薬が入った箱だった。野ざらしにされた爆薬が、どれだけ不安定なものであるかは、想像にお任せしよう。
   やがて、ほら穴の入り口は、鉄板で封印された。 大人たちは、最初から弾薬庫の場所を知っていた。 だが、爆薬の処理費用は法外で、誰にも負担出来なかったのだという。
   Sくんはといえば、事態の深刻さに気付いて、すっかり寝込んでしまった。
   彼は、知らず知らずのうちに、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っていたのだから。
「まだ、そこはありますか?」
   わたしが尋ねると、セイさんは神妙な顔つきになった。
「爆発したわ」
   その衝撃波は、ふもとの家々を揺らすほどだったという。

kuroihako.jpg

筆者:前田雄大

怪談団体「クロイ匣(ハコ)」の主宰者。関西を中心として、マイペースに怪談活動を行っている。https://twitter.com/kaidan_night
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